エッセイ

漫画はなぜ右から左に読むのか — 実は最初から決まっていなかった

答えを先に書くと、「日本語が縦書きだから」だけでは説明になりません。漫画のコマ順が右から左に固まったのは、大正から戦前にかけての試行錯誤の結果であって、最初から決まっていたわけではないからです。

公開日: 2026/07/15

「縦書きだから」の先にある話

日本の漫画は、ページを右から左へめくり、コマも右上から左下へ読み進めます。海外の読者から最もよく聞かれる質問のひとつで、たいてい「日本語が縦書きだからです」と説明されます。

これは半分は正しいのですが、半分は説明になっていません。縦書きの文章が右から左へ進むことと、絵のコマを右から左へ並べることは、本来は別の話だからです。文字の流れに絵が従わなければならない理由は、実はどこにもありません。

縦書きが右から左に進む理由は、実はよく分かっていない

まず前提の確認です。日本語の縦書きは漢文にならったもので、そこは争いがありません。漢字の縦列を右から左へ並べる書き方は、殷代後期(紀元前1200年頃)の甲骨文字の時点ですでに見られます。

ではなぜ中国語がそう書かれるようになったのか。ここでよく紹介されるのが「竹簡説」です。紙が普及する前、文字は細長い竹の札に書かれて紐で綴じられていました。右手に筆を持ち、左手で巻物を繰る動作を考えると、右から左へ書くのが自然だった——という説明です。

説得力はありますが、これは定説とは言えません。 日本語版・英語版のWikipediaはいずれも竹簡を原因として挙げていませんし、殷代には甲骨と竹簡が併用されていて、どちらが先かも確定しません。竹簡説を断言している情報源をたどると、多くは個人サイトや二次的な媒体に行き着きます。

つまり「なぜ右から左なのか」という問いは、出発点からして「よく分かっていない」というのが誠実な答えです。

コマ順は「必然」ではなく、試行錯誤の結果だった

ここからが本題です。仮に縦書きの由来が分からなくても、「日本語が右から左に流れるから、漫画もそうなった」なら話は単純です。ところが漫画の歴史を見ると、そう単純ではありません。

日本で最初期の本格的なストーリー漫画とされる『正チャンの冒険』(1923年、アサヒグラフ連載。作:織田小星、画:樺島勝一)は、吹き出しが縦書きなのに、コマ外の解説文は右から左の横書きという混在状態でした。漫画研究者の夏目房之介は、これを従来の漫画漫文・絵物語の手法と、当時最新だった欧米の新聞漫画の様式との折衷だと評しています。

さらに分かりやすい証拠があります。『のらくろ』や『フクちゃん』では、コマに番号が振られていました。 読者がまだ「どの順で読むか」を知らなかったからです。

これは重要な事実だと思います。もしコマ順が文字の流れから必然的に導かれるなら、番号を振る必要はありません。右から左というコマ順は、大正から戦前にかけて、作り手と読者が試行錯誤しながら事後的に標準化した慣習だったわけです。

いま私たちが何も考えずにコマを追えるのは、100年かけて共有された文法があるからで、生まれつき備わった能力ではありません。

海外はページを「反転」して売っていた

この慣習が慣習でしかないことは、海外での出版史がよく示しています。

1980年代から90年代にかけて、英語版の漫画はページを左右反転(flip、flop)して出版するのが普通でした。 英語圏の読者は左から右に読むので、鏡像にしてしまえばそのまま読める、という発想です。

代表例がAKIRAです。Epic Comics(Marvel)版は1988年から1995年にかけて全38号で刊行され、反転かつフルカラーでした。興味深いのは、この反転作業を日本側、大友克洋自身のスタジオ「マッシュルーム」が担当していたことです。写植や効果音を除去し、下絵を描き足したうえで大半のページを反転してから、Epicに送るという工程でした。

VIZも『めぞん一刻』『らんま1/2』を1992年から反転で出しています。Dark Horseも同様でした。

反転には無視できない副作用があります。すべての絵が鏡像になるので、登場人物の利き手が入れ替わります。文字が絵の一部として描き込まれていれば裏返しになりますし、右から左へ走る、右打ちの打者が構えるといった方向に意味のある描写は、そのまま破綻します。

2002年に流れが変わった

転機は2002年1月29日でした。Tokyopopが「100% Authentic Manga」を発表し、同年4月から全新刊を日本と同じ右から左の読み方向で出すと宣言します。初回配本は『ちょびっツ』『カウボーイビバップ』『GTO』『ママレード・ボーイ』『MARS』などで、5月には『ラブひな』『彼氏彼女の事情』『Paradise Kiss』が続きました。

理由は理念だけではありません。反転作業と効果音の差し替えをやめれば制作コストが下がります。Tokyopopはこれを1冊9.99ドルという低価格に反映させました。VIZも追随して『Shonen Jump』を7.99ドルで展開し、Del ReyやCMXも続きます。結果として、英語圏の漫画は日本と同じ読み方向が主流になりました。

ただし「2002年以降すべてが非反転になった」わけではありません。皮肉なことに、その象徴だったAKIRA自体が例外です。Dark Horse版(2000年〜2002年、全6巻)も反転版でした。英語圏で非反転のAKIRAが読めるようになるのは、講談社版の2017年のボックスセット以降で、このとき大友の手描き効果音も復元されています。

なお、海外で現在どのくらいの割合が非反転なのかという統計は、調べた範囲では見つかりませんでした。「例外的な存在になった」という定性的な記述までは確認できますが、数字は出せません。

おまけ: 「戦前の日本語は右から左の横書きだった」は誤り

ついでに、よく誤解されている話をひとつ。

戦前の看板や扁額の文字が右から左に並んでいるのを見て、「昔の日本語は横書きも右からだった」と言われることがあります。しかしこれは厳密には誤りで、標準的な解釈では「1行に1文字だけの縦書き」です。横書きではありません。

日本語の横書きを左から右に統一しようという動きは、1942年3月に文部省図書局国語課が「横書統一案要綱」を出し、同年7月に国語審議会が左横書きを答申したのが最初です。ところが保守層の猛反発で立ち消えました。

実際に切り替わったのは戦後です。新聞各紙の切り替え日を並べると、読売報知が1946年1月1日、毎日が1946年11月16日、朝日が1947年1月1日、日経が1950年7月25日。4年半かけて業界がじわじわ移行したことが分かります。

それでも右から左であることの意味

まとめると、漫画が右から左である理由は「日本語が縦書きだから」という説明で片付くほど単純ではありません。縦書きの起源自体が確定しておらず、コマ順は100年かけて定着した慣習で、しかも海外では長らく鏡像にされて読まれていました。

必然ではなかった、という事実は、この文法をむしろ面白くすると思います。作り手は右上から左下へ視線が流れることを前提に、どこで驚かせるか、どのコマをめくった先に置くかを設計しています。ページをめくった瞬間に見開きで仕掛けるという演出は、この読み方向を共有しているからこそ成立します。

20世紀少年のように、時間軸を大胆に往復しながら読者を引っ張る作品を読むとき、私たちは意識せずにこの100年分の文法を使っています。当たり前に見えるものが、実は誰かが試行錯誤して作った発明だった——そう思って読むと、見え方が少し変わるかもしれません。

出典

本文中の事実関係は上記の情報源で確認したものに限っています。裏付けが取れなかった通説は、その旨を明記しています。

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